皆さんご存知のように、人気タレント草なぎ剛さんが先日、「公然わいせつ」 罪で逮捕され、起訴猶予処分となりました。要は泥酔状態で夜中の公園で素っ裸で大騒ぎしていた、とのことです。
これに対し、「自覚が足りない。逮捕は当然」 「酔っ払っただけなのにかわいそう」 と賛否両論あるのはご存知の通りです。
僕の意見を書きます。
僕は草なぎさんに同情する側です。
だって、前科もなく、常習性もなく、かつ普段仕事が非常に忙しい人が、ごくたまにあった休日に飲みすぎただけじゃないですか。そんなこと、笑い話で済ませましょうよ。
これがもし、あなた御自信、あるいはあなたの大切な人だったらどうでしょうか?
彼氏、彼女、妻、夫、父親、母親、弟、妹、兄、姉、親友。
...まぁ、女性が裸で大騒ぎすることは、ちょっとイメージしにくいですが。
でも、その人たちが普段とても仕事で忙しい。めったに休めない。確かにお金はかせいではいるけど、同情するくらい忙しい。
そして、久しぶりの休日。
つい飲みすぎて、派手に騒いでしまった。今までしたことのない騒ぎ方。素っ裸になって、夜中に公園で騒いでしまった。
これで、会社を首になる。これで世の中の多くの人から
「絶対に許される行為ではない」
「人間として最低だ」
などと批判される。
前科、常習性がないわけですから、あなたと同じ状態のひとが、やってしまったわけです。
許してあげたらどうですか。厳しすぎますよ。
強姦したとか人を殺したわけではないんです。
過ちは過ちとはいえ、 「許される行為」 でしょう。
「人間が一番残酷になるのは、『正義の盾』 を持った時である」
という言葉は、私が考えたのだったか、誰かの言葉 (ゲーテかな?) だったか忘れましたが、それは至言だと思います。
「自分が正義の側で相手が悪」 と思うと、人間はとても残酷な行為をできるようになります。それは歴史的にも証明されています。多くの組織的犯罪、ホロコーストの類は、こちらが正義、あちらが悪。だからあちらは殺してよい。という理屈で行われます。われわれは悪人である、だからどんどん悪いことをしましょう。という扇動の仕方を行った例があるでしょうか。
人に悪いことをさせようと思ったら、われわれが正義であり、向こうが悪である、というレッテルを貼るものなのです。
それが、人を凶暴化させ、無慈悲なことをさせるきっかけとなるものなのです。
「草なぎ事件」 に話を戻せば、草さぎさんが逮捕されたことで 「悪」 となったわけです。こちらが正義の側にいるわけです。
そういう時は特に、その人に対して残酷になり過ぎないように、十分気をつけるべきだと思うのです。
要は酔っ払って、普段やらない大騒ぎをしただけなのです。大目にみるべきではないでしょうか。
あまり厳しすぎる、ギスギスした世の中ではあってほしくないと思います。